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不機嫌男と東京タワー

2009年08月18日 15:56

仕事の行き帰り、いつも通る道がある。運河沿いに整備されたその道は、職場へ通うにはやや遠回りである。だが最短距離を行こうとすると、仕事帰りのスーツを着た人の群れにまともに出くわすことになる。
その群集から逃れるため、というのが運河の道を通い始めた最初の理由だった。
彼らはやたら大急ぎで、鬼気迫る感じですらある。我先にと前を行く人を追い抜こうとするので結果、駅へ向かう狭い歩道に目いっぱい広がった格好となる。
逆コースを行くオレは彼らと対峙する形となり、一時も気を抜けない。まるで、少年院で脱走を企てた矢吹丈が放した豚の群れを、掻い潜る力石徹になった気分になる。
ボンヤリしてると弾き飛ばされそうになるので、常に感覚のレーダーをはりめぐらせていなければならず、歩くだけでそうとうな集中力とエネルギーを消費するのであった。
あまりにも必死の形相のように見えたので”家族の身になにかあったのだろうか?”と最初のうちこそ思ったが、考えてみれば皆が皆、毎日そんな危急の事態を抱えているわけでもあるまい。
電車なぞ五分と待たずにすむ東京にあって、他人を押しのける勢いで、なにをそんなに慌てる必要があるのだろうか?一本でも早い電車に乗るためか、直通電車に間に合わすためか・・・?
一時間に数本が当たり前の地方出身者のオレにとっては、いくら考えても彼らの本当の動機は皆目、不明ではあるが、”これが分刻みで暮らさねばならない都会人の性なのだろう”と無理やりにこじつけて納得するしかなかった。

運河の道はむろん、まったく人どおりがないわけではないが、犬の散歩や健康のために歩く地元の人たちがまばらにいる程度で、ゆったりと、自分の速度で歩けるので、表通りに比べたら格段の心地よさである。
そして、この運河の道を通る時のなによりの楽しみが景色の良さである。
目を上げると、いくつかの階層に分かれた空の雲が、それぞれ異なるスピードで流れていく様子が見える。上空の気流が複雑にからみぶつかり合っているのだろう、と想像できる。
工事中の住宅が景色に進入して、遠い空の面積を狭くさせているのがもったいなかったが、仕方のないことなのだろうと思った。完成したら、さも始めからそこにあったかのように、景色になじんで気にも留めなくなるのだろう。

季節が変わって日が短かくなると、都会の光に濁った夜の空にボンヤリと星が見えるようになる。
そして少し歩いたところで振り返ると、運河の向こうに東京タワーが見られる。
これを発見した時は”得したなあ”と思ったものだ。
薄汚いドブのような運河と、希望と野心の象徴のように全身を輝かせる東京タワーとのコントラストに、なにかしら深い意味があるように思えた。
「東京」という街で生きること、その意味を探ることはオレにとって、自分自身を考えることと同義であった。運河越しに臨む東京タワーの姿が、その思いを具現化してくれているように思えたのだった。

しかし、そんな物思いもあと小一時間もたてばつまらない雑事に追われ、忘れることとなるのが決まりだ。すごく残念なことではあるのだが、明日になればまたこの景色に会えるので、それまではせいぜいドジを踏まぬよう、マジメに働くことにしよう・・・。
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