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我が家のろっくすたー

2009年06月29日 21:37

この間、わが思春期を過ごした80年代ミュージックについてちょこっとお話しました。
今日はもっとさかのぼって、幼き日に黄金時代をむかえていた歌謡曲について話してみたいと思います。
ただし、個人的な思い出なので、昭和歌謡史的価値はまったくアリマセン。
それから、まだ生まれてない方はゴメンナサイ・・・。

親父は”自分も音楽は好きだ”と言っていて、たしかに70年代のEP盤(!)が数枚、残っています。
その親父の大切なコレクションを、ボクが上京する時に、無情にもかっぱらって(笑)きちゃったんですが、その中の一枚に夏木マリの「絹の靴下」というのがあります。

それから、なぜ、このレコードがあるのか謎なんですが・・・。あ、思い出した。これは高校時代の友人から、もらったんだった・・・。
キューティー・ハニー」の主題歌。
倖田來未、じゃなくて弘田三枝子さんという人が歌ってる、昔のオリジナルのヴァージョンです。

コレらがメッチャメチャ、ファンキー
いわゆる”芸能界”あるいは”歌謡曲”の匂いがプンプンなのですが、職人の意地、なんでしょうかね・・・きっとプレイヤーさんたちも好きなんでしょうね!
どこか黒っぽくて、とってもカッコイイのです。
機会があったらぜひ聴いてみてください。全然、新鮮に感じると思いますヨ。

しかし、コレら2曲はあまりにも幼い時分だったため、リアルタイムでの記憶はまったくありません。
・・・物心つきはじめてからのボクのアイドルは、”ジュリー”こと沢田研二でした。
ピンクレデイーとかも好きでしたが、なんつってもジュリー!!
他の男性歌手とちょっと違って、その大人っぽい雰囲気と独特のユーモアセンスにあこがれ、大ファンとなったボクは、「勝手にしやがれ」の帽子を投げるフリをよく真似していたものでした・・・。
そして、「ストリッパー」!
ジュリーが自ら作曲を手がけた曲であり、「TOKIO」など、たて続けにヒットを連発していた中でも、特に大好きな曲です。
で、たしか「ザ・ベストテン」だったと思うけど、その時のことが今でもはっきり記憶に残ってます。

歌の前に司会の久米宏アナと黒柳徹子との軽いトークがあったんですが、ある作曲家先生が「歌手は作曲なんてしないで歌に専念すべきだ」というようなコメントを受けたジュリー。

「売れれば勝ちでっせ~!」

と関西弁で言い放ち、さらには、

「先生。最近、ヒット曲ないんとちゃい
まっかぁッ?」


と挑発的にたたみかけた・・・。


・・・・・・なんて、ロックなんだあッ!

もちろんその当時はロックなんてものは知りませんでしたが、幼心にもロック・スピリットのようなものを感じたのでした。
権威に屈せず、笑い飛ばす・・・。この姿勢はまさに”ロック”そのものではありませんか!

また「ストリッパー」という曲名の由来についてジュリーは、

「ストリッパーは裸ひとつで勝負する商売、歌手もまた同じ」

と語り、この精神性にも大きく感銘をうけたのであります。


その後も、大沢誉志幸と組んだりして、ずーっとトンガッてたなあ・・・。

洋楽、ましてロックのレコードなんて聴く趣味などない貧しかった我が家では、ジュリーは最大のロックスターなのでした。

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